
日本国憲法第九条。その全文は、次のとおりである。
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
およそ百三十字。憲法第九条は、これだけの言葉で、国家と戦争の関係を定義している。
第一項は、「日本国民は」という主語で始まる。平和への希求の主体は、政府でも政党でもなく、国民である。そして「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」と続く。ここで見逃せないのは、「国際平和」が単なる抽象的な理想としてではなく、「正義と秩序を基調とする」と限定されていることだ。第九条が希求する平和とは、力の均衡による平和でも、誰かの支配による平和でもなく、正義と秩序に基づく平和なのである。
続いて本題である。第一項は、「国権の発動たる戦争」と「武力による威嚇又は武力の行使」を、放棄の対象として挙げる。この一文には、二つの重要な限定が置かれている。
一つは「国権の発動たる」という限定である。国権の発動とは、国家の権力の行使を意味する。すなわち、ここで放棄されるのは、国家がその権力をもって遂行する戦争である。国内の秩序を守るための警察作用とは、明確に区別される。
もう一つは「国際紛争を解決する手段としては」という限定である。放棄の対象は、国際紛争を解決する手段としての戦争と武力行使に、はっきりと絞られている。いかなる名目であれ、国際紛争を解決するために武力を用いることは、全面的に否定されているのである。
そして、その放棄は「永久に」である。一時の措置でも、条件付きの約束でもない。将来の世代をも拘束する、恒久的な決意である。ここに、戦争への反省と、二度と戦争をしないという固い決意が読み取れる。
第二項は、「前項の目的を達するため」と、第一項との連動を明言する。第一項で放棄したことを、現実のものとするための措置が、二つ宣言される。
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」。陸軍、海軍、空軍、その他のあらゆる戦力。すなわち、戦争を遂行しうる実力そのものを持たない、という選択である。
「国の交戦権は、これを認めない」。交戦権とは、戦争状態において国家が持つとされる権利、すなわち敵国と戦闘を行い、捕虜を処遇し、占領地を統治するなどの権利である。たとえ戦争に巻き込まれたとしても、国家として戦う権利は認めない、という宣言である。
こうして読むと、第九条の論理の一貫性が見えてくる。戦争を放棄する。だから、戦力を持たない。そして、交戦の権利も認めない。理想と現実が乖離している、と指摘する人もいるかもしれない。しかし、第九条は、理想を空しく掲げた条文ではない。戦争という現象の本質を冷静に見つめ、国家のあり方を根底から変えようとした、具体的な設計なのである。戦力を持てば、いずれそれを使う理由が生まれる。戦う権利があれば、戦う理由も生まれる。第九条は、その因果の連鎖を、根源から断ち切ろうとした。
およそ百三十字の条文は、戦争の記憶を持つ国民が、国家に対して課した、最も厳しい、そして最も誠実な制約である。九条を読むとは、この制約の意味を、私たちの時代に引きつけて、改めて考えることである。
